諸宗教対話/霊性交流

エルサレム宣言

MEPI-Jap from European Office on Vimeo.


「エルサレム宣言」(2003年5月18日、イスラエル)

キリスト教にとって十字架は、イエス・キリストが人類を救うために犠牲となった栄光の証ですが、
ユダヤ教やイスラム教にとっては紛争のシンボルです。
十字架は、キリスト教にとって、重要なものですが、本来は、王の王となるはずだったイエスキリストが、殺害された、
神の悲しみを象徴するものであるとして、
文鮮明師は長年、このような複雑な背景をもつ十字架をキリスト教会から降ろすべきだと主張してきました。
文師のこの主張に賛同した多くの牧師たちが、次々と教会から十字架を降ろし、エルサレムで十字架を埋葬したのです。


「エルサレム宣言」は、2003年5月、自らの主宰する教会から十字架を降ろした米国のキリスト教会の牧師ら百三十二人が、
ローマ、バチカンを経て、イスラエルを訪問した際に、五月十八日に行われたユダヤ教指導者との合同シンポジウムにおいて、
キリスト教、ユダヤ教、イスラム教の指導者らによって署名された宣言である。

この宣言では、キリスト教が過去二千年間にわたるユダヤ人に対する不当な偏見と迫害を悔い改めると同時に、
ユダヤ人の側も、二千年前にイエスを理解せず、十字架にかけて殺したことを悔い改めるという内容が盛り込まれており、
第一、第二イスラエルの間に横たわってきた長年の障壁を崩す歴史的な宣言であった。

2003年5月18日ユダヤ教、キリスト教、イスラムの三大宗教が和解し歴史的なエルサレム宣言がなされました。

ユダヤ教とキリスト教指導者がエルサレム共同宣言に署名



 米国教会の十字架を降ろした牧師団132人が、
2003年5月15日から19日までイスラエルを訪問した最大の目的は、
第一に降ろした十字架をイスラエルの地に埋葬すること。

第二にユダヤ教とキリスト教指導者の和合のための合同シンポジウムを開いて、
ユダヤ教徒がイエスを十字架にかけた罪を認め、悔い改めてイエスを受け入れさせることでした。

18日(聖日)早朝6時、イエスが十字架にかけられた場所とされるゴルゴタの聖墳墓教会内にあるイエスの墓とされるところに小さな十字架を置き、
聖歌を賛美し祈祷して、家庭連合旗でそれを覆うことによって象徴的に埋葬する儀式を行いました。
実際の大きな十字架を埋葬した所は、「陶器師の畑」といわれる場所を選び、イエスの十字架の埋葬を行いました。

スターリング大司教は、
「私達はクリスチャンとして十字架の意味を知らなかった。
だから調停のための条件として、私達は十字架を下ろし、お兄さんに会うという謙遜な気持ちでイスラエルに来ました。
私達クリスチャンは、歴史を通して行ってきた大量虐殺と反ユダヤ教を悔い改めなければならない。
どうか、私達を許して下さい。」とラビ達に訴えた。

「イエスは皆さんから愛されたかったのであり、
イエスは地上に神の国をつくるために神から送られたのです。
当時、そのような理解があったならば、天国はすでに来ていたでしょう。
だからもし、イエスとキリスト教徒とイスラエルに関する理解がこの今の時に成されるのなら、
神の国は地上に出来上がるでしょう。」と訴えられた。

『私達クリスチャンは、イエスの肉体を終わらせ、預言者の夢と約束を閉ざし、
2000年もの間、神の国が来ることを妨害した死刑執行を栄光化することによる神の最大の悲しみの瞬間を祝賀してきたことを悔い改める。
この2000年の間、我々は、イエスの愛を受け止めることに、数限りなく失敗し、代わりに、反ユダヤ教の歴史をつくってきた。
これらのことを我々は、悔い改める。

我々ユダヤ人は、神が選んだ民として、神に心を開き、神の目で過去の事実を眺め、
十字架の重荷から我々全てを解放することを望んでいる。
この純粋無垢なユダヤ人、イエスは神によって愛され、神が夢と希望をかけた人であった。
しかし、彼は、自分の民の富裕な者、権力をもっていた者から受け入れられなかった。
彼ら自身の地位と慰めのために、イエスを憎むべき外国人の権力に引渡し、彼を十字架にかけた。 
私達は、これらを悔い改める。この日、私達は、自らを新しく捧げ、イエスの意思に生きる。

我々は信仰の家庭を共にもたらす Rev.and Mrs.Moon の偉業を認める。
私達は、真の父母様の祝福と共に、平和で理想的な家庭を築くために一つの神の国を築くことを決意する。』
スターリング大司教とイサク・パルデアーラピーとイスラム教指導者三人が抱き合い、
宣言文にサインしました。
それは霊的現象といってもいいものでした。
その後ほとんどの参加者が、雪崩を打つようにサインしました。 
遂にあのかたくななユダヤ人のラビがイエスを十字架にかけたという歴史的罪を認めた瞬間でした。
これはユダヤ教の歴史始まって以来の出来事なのです。
二千年のキリスト教の歴史はユダヤ教と一つになり、世界の歴史は大きく方向転換することになったのです。 



「エルサレム宣言」の翻訳を抜粋

 ユダヤ教とキリスト教の双方の信者たちは、理解と調和と和解の精神に基づき、我々の過去の暗部を悔い改め、
共に明るい未来を求めることを望み、より良い世界を熱望しつつ苦しんできたすべての者たちの誓いに思いを致す。

聖なる都市エルサレムに集い、神がご自身の契約の民を選んだその地、
我々の信仰を清め、義なる道へと導くために預言者たちを遣わしたその地において、
今日2003年5月18日、神と、平和な世界と、全人類に対する愛のために、我々は心を一つにして以下のことを誓う。

どちらの信仰も、それぞれの信仰のゆえに筆舌に尽くし難い恐怖を味わった我々は、
自らの生涯と将来の全歴史から、我々の信仰が迫害されたり、
また他者を迫害したりしてきたときのような、無実の人々を愛さない瞬間をぬぐい去ることを望む。

我々は平和と善意の時代へのさきがけとなるために、
今は霊界にいる預言者、聖人、賢者、そして我々の宗教の創始者と共に働くことを望む。

我々キリスト教信徒は、イエスの肉的生命を終わらしめ、
預言者たちの夢と約束を破り、神の国の到来を2000年間にわたって妨げた処刑をたたえることにより、
実際には神の最も大きな悲しみの瞬間であったものを祝ってきたことを悔い改める。

この間、我々はイエスの愛を身をもって示すことができなかったことがあまりに多く、
かえって反ユダヤ主義の歴史をつづってきた。このことを我々は悔い改める。

我々ユダヤ人は、神の選民として神に対して心を開き、
古代の出来事を神の目をもって見つめ、
これを限りに、この十字架の重荷から我々自身を解放することを望む。

この純真で無垢なユダヤ人青年イエスは、
神に愛され、神はその希望と夢とを彼に託したが、
彼は自らの民の中の裕福で力ある者たちに受け入れられなかった。

彼らは自分自身の地位と安寧のために、
憎むべき外国の勢力によって処刑されるべく彼を引き渡したのである。
このことを我々は悔い改める。

今日、我々は生ける神のみ旨に新たに献身した。
我々は文鮮明師ご夫妻の業績が、我々の信仰共同体を一つにすることを断言する。
我々は平和な世界と理想家庭を実現するために、
真の父母の祝福によって、一つの神の家族を成すであろう。







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